遅まきながら、明けちゃってました。

っちゅうのも、新年早々より息子が階段の9段目から転げ落ちたかと思うと、ヨメの兄弟がぷたーりシティジェイルに放り込まれる。んで、相方と共にムショに向かおうと、外出準備をするが、日本円で10万程入っていた財布が見つからない。んなことが、同じ日に起こりゃあ御釈迦さんですら、慌てふためくと思われ。。。
んで、この騒動の中でいっちゃんオモロかった、否、気の毒だったのは、やはりシティジェイルの一件。真夜中近くに兄弟の一人の雇用者である親戚より逮捕された旨、連絡が入る。マニラで唯一の肉親であるオラの相方が出頭せねばならないと言う。っちゅうても、夜中に相方を一人でジェイルに向かわる程の好奇心、否、無法者には成りきれず、大スタントを演じ終えた息子を連れて、っ中華、そうするしか無く、一家でマリキーナのム所へ向かったのだたー。
初めに向かったのはとある場欄外ポリス。そこには被害者?と相方兄弟の仲間が総勢20人ほどが、ことの成り行きを見定めようと緊迫した雰囲気で待っているようには全く見えず、ポリスの前のサリサリや近くのベーカリーでテキトーに買い食いしながら、無意味に集まっていた。その一人として加わったオラ(厳密にはオラと熟睡してる息子)。やたらヒソヒソ話をするポリスと相方の様子を窺いながら待つこと4時間。出た結論は、被害者?に訴状の取り下げを願い出る為には相方の出生証明書が必要である。っという事だけ。。。流石はピリピン。『わらかっしょんなぁ!』である。
早朝に、出生証明書をとりに自宅に戻った後は、流石に息子が気の毒で、オラが仕事を休んでメンドーを見ることにし、相方を場欄外ポリスに向かわせた。のだが、結局は被害者?が訴状を取り下げず、兄弟ぷたーりはシティジェイルに移管された。

その後の5日間。シティジェイルでは飯すら出ない。(罪状の確定していない者に対しては)ということで、自宅より20分ほどのマリキーナジェイルに相方が毎日3食を届ける羽目に。。。その内数回は同行したが、3畳程度のスペースに20人がひしめき合い、就寝の際は体育座りで眠る。毎食を届けるものの、牢に入れた途端、家族さえ見放して誰も食べ物を届ける身寄りのない囚人に奪われ、充分には食べられない。という想像通りの有様。挙句の果てに、被害者?側の一人がオラたちが居るときに現れ、看守に金を渡し兄弟のリンチを依頼。看守の長がそれを見咎め事なきを得たが、こちらで実しやかに囁かれている状況が尾ヒレの付いた噂では無いことが良ーくわかたー。
結局、被害者?側3人の訴状の内容が矛盾していることから、判事がすんなり無罪放免を言い渡すワケもなく、母親に田舎から金を持って来てもらい、3万ペソをアンダーザテーブルとして渡し、めでたく釈放された。結果、被害者?側には治療費も支払われない。流石はピリピン。『わらかっしょんなぁ2!』である。
事の始めは、酔っ払った15〜17歳のチンピラ14人に袋叩きにされた兄が、自己防衛の為に持っていた(PLDTの工事担当者であるため)スクリュードライバーで、一人の太ももを刺し、兄貴が殺されると判断した弟が、鉄パイプ製のパチンコ?を隠し持っていたPLDTの事務所へ取って返し、38口径の弾丸で同じく太ももを撃ったらしい。んで、そのチンピラどもは、マニラとバタンガスでハバをきかせてるスプートニクというマフィヤの予備軍(構成員はスプートニク号の漫画の刺青と”SPUTNIK"という文字を肩に彫っている)だったということらしい。。。
余談だが、一人の日本人が件の兄弟と同じ牢に入っており、『すみません。日本茶をお持ちじゃないでしょうか?』と、のたまいけるじゃくそん。
釈放された日、7時PMごろに自宅に来た兄弟に、っさしぼりのビールを振る舞い1泊させたのだが、計4日間、仕事に行かなかった(行けなかった)奴等が、翌日に向かったのは1週間のターラックへのバケーション。。。。。流石はピリピン。『わらかっしょんなぁ3!』であった。
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